20 前立腺肥大(BPH)

前立腺は、男性にのみ存在します。前立腺の腫大は、通常 60 歳以上の中高年の男性において排尿障害を引き起こし ます。寿命の延長により、良性の前立腺肥大症(BPH とも 呼ぶ)の発生率も増加しています。

前立腺とは?その機能は?

前立腺はクルミ大の小さな器官で、男性生殖器系の一部で す。

前立腺は、膀胱の直下で直腸の前にあり、尿道(膀胱から 尿を運ぶ管)の入口部分を囲みます。つまり尿道(長さ約 3cm)の最初の部分は、前立腺を通過しています。

前立腺は、男性生殖器です。前立腺は、射精において、精 子の尿道への供給や運び込みを補助する液を分泌します。

良性前立腺肥大(BPH)とは?

“Benign prostatic” は、前立腺が無害である(癌に起因 しない)ことを意味し、“Hyperplasia” は肥大を意味し ます。

前立腺肥大症または良性前立腺肥大(BPH)は、加齢に伴 い、ほとんどすべての男性が発症する非癌化的な前立腺の 腫大です。男性は加齢に伴い、前立腺はゆっくりと大きく 成長(または腫大)します。前立腺肥大は尿道を圧迫し、 尿流を妨げ、排尿障害を生じます。

尿道が狭窄することにより、排尿がゆっくりとそして弱く なります。

良性前立腺肥大は高齢男性の病気である

BPH の症状

BPH の症状は、通常 50 歳以降に出現します。60 歳代の男 性の半数以上と 70 歳代と 80 歳代の 90%で BPH の症状を認 めます。ほとんどのBPHの症状は、徐々に始まり、長期に わたり緩除に進行します。BPH の主な共通の症状は、以下 の通りです:

  • 頻尿、特に夜間頻尿。これは、通常初期にみられる症 状である。
  • ゆっくり、または弱い尿の排出。
  • 膀胱が緊満であると感じ時でも、尿排出、または絞り 出しが困難。
  • 切迫した排尿衝動は、最も厄介な症状である。
  • 排尿時の力み。
  • 途絶した尿流。
  • 排尿終了後の尿漏れ、 尿失禁。 排尿後に下着を濡らすよ うな尿漏れが生じる。
  • 膀胱を完全に空にできない。
BPH は弱い尿流、頻尿を特に夜間に引き起こす

BPH の合併症

BPHでよく見られる合併症は、以下の通りです:

  • 急性尿閉:未治療の重篤なBPHは、突然、しばしば痛み を伴う完全な尿の途絶 (急性尿閉) を生じることがある。 そのような患者は、 尿を膀胱から排出するカテーテルの 挿入を必要とする。
  • 慢性尿閉:長期間の尿流の不完全な狭窄は、 慢性尿閉を 引き起こすことがある。 慢性尿閉は無痛性で、 残尿が増 加する。 自然排尿後に膀胱内に残存する尿を、 残尿と呼 ぶ。 通常は完全に膀胱内を空にできない、 あるいは少量 の尿が頻繁に漏れる(尿が溢れる)。
  • 膀胱と腎臓への障害:慢性尿閉は、 膀胱の筋層を引き延 ばす。長期的にみると、膀胱は緩み、もはや適切な収縮 ができなくなる。
  • 多量の残尿は、 膀胱内圧を上昇させる。 高い膀胱圧によ り、 尿が尿管を逆流し腎臓に達するかもしれない。 尿管 と腎臓の緊満の結果として、 最終的に腎不全に至る可能 性がある。
  • 尿路感染と膀胱結石:完全に膀胱を空にできないため、 尿路感染と膀胱結石のリスクを増加させる。
  • BPHは前立腺癌のリスクを増加させることはない。
直腸診や超音波検査はBPH診断に対するもっとも重要な 検査の 2つである

BPH の診断

既往歴と症状によりBPHが疑われれば、前立腺肥大の存在 を確認、または除外するために以下の検査が必要となりま す。

直腸診(DRE)

この検査では、直腸壁を通して前立腺の表面を触診するた めに、手袋をした指を患者の直腸より穏やかに挿入します。 この検査により、医師が前立腺の大きさと性状を診断する ことができます。

DRE における BPH の特徴は、前立腺は均一に腫大し、平坦 で引き締まっていることです。DRE において、前立腺が硬 く、結節性そして不整な場合は、前立腺癌または前立腺の 石灰化を意味します。

超音波と排尿後残尿測定

超音波は前立腺の大きさを推定し、悪性、尿管と腎臓の拡 張や膿瘍などの問題も検出することができます。超音波画 像診断は、排尿後の膀胱内残尿の測定に用いられます。 50ml未満の排尿後残尿は、 十分な膀胱からの排尿を示しま す。100~200ml、それ以上の排尿後残尿は有意であり、更 なる評価が必要です。

血中PSAは前立腺癌を診断するための最も重要なスクリ ーニングテストである

  • 前立腺症状スコアまたはインデックス

国際前立腺症状スコア(IPSS)または AUA(アメリカ泌尿 器科学会)症状インデックスは、BPH 診断の補助となりま す。これらの診断ツールでは、一般的な前立腺肥大症の共 通の症状に関連した質問が、排尿問題の評価のため男性に 対して行われます。算出された前立腺症状スコアをもとに、 排尿問題の重症度を判断します。

  • 臨床検査

臨床検査は、BPH の診断の補助とはなりません。しかし、 臨床検査は関連合併症の診断や類似の病態を除外するた めの診断の補助となります。尿検査は尿路感染の精査のた め、採血検査は腎機能チェックのために測定します。 前立腺特異抗原(PSA)は、前立腺癌のためのスクリーニ ング検査です。

  • 他の検査

BPH の診断または除外診断のための 他の検査 として、尿流 測定、尿流動態検査、膀胱鏡検査、前立腺生検、静脈性腎 盂造影またはCT尿路造影や逆行性尿道造影があります。

前立腺癌とBPH の多くの症状が類似している。正確な診 断のためには確立した検査が必要であった。

BPH 症状を有する患者は、前立腺癌を合併していることが あるのでしょうか?前立腺癌はどのように診断されるの でしょうか?

はい。前立腺癌と BPH の症状の多くは類似しているので、臨床症状で両者を鑑別することはできません。 しかし、 BPH は前立腺癌に関連がないことは覚えておくべきでしょう。 前立腺癌の診断のために確立された3つの最も重要な検査 は、直腸診(DRE)、血液検査(前立腺特異抗原(PSA)) と前立腺生検です。

BPH の治療

BPH の治療を決めるのは、症状によって影響をうける日常 生活や、内科的治療の有無を考慮した症状の重症度です。 BPH 治療の最終目的は、症状の軽減、生活の質の改善、残 尿量の減少、BPH合併症の予防になります。

BPHの治療は、以下の3通りです:

A. 経過観察および生活指導(無治療)
B. 内科的治療
C. 外科的治療

A. 経過観察および生活指導(無治療)

軽症や症状の乏しい男性に対しては、治療しない “Wait と watch(経過観察)”が好ましいことがあります。しか し、経過観察とは、単に待つ、そしてBPHの症状を改善す るために何もしないというわけではありません。経過観察 中、 BPHの症状軽快のために生活習慣を変化させるべきで、更に症状が改善しているか、増悪しているかなどを確認す るためのチェックを毎年行う必要があります。

軽症BPH は“経過観察やライフスタイル改善、無治療” によって管理することができる

  • 排尿習慣と飲水に関して変化をもたせる。
  • 定期的に膀胱を空にする。長い間尿を貯めてはいけな い。尿意があればすぐに排尿する。
  • 二段尿。この排尿方法は、連続して二回排尿すること を意味する。最初に、リラックスして通常通り膀胱を 空にし、少し待って、もう一度排尿を試みる。空にす るために無理な力みや圧迫を避ける。
  • 夜にアルコールとカフェイン入りの飲料を避ける。両 方とも膀胱の筋緊張に影響を及ぼす。両者とも膀胱の 筋の張力を低下させ、腎臓を刺激して尿を生産し、夜 間排尿に至る。
  • 過剰な飲水を回避すること(1日3リットル未満)。一 度に多くの水分を摂取せず、 1日かけて水分摂取を行う。
  • 就寝または出かける数時間前の飲水量を減らす。
  • 抗鬱薬または抗ヒスタミン剤を含む市販の風邪薬、鼻 炎薬の服用を避ける。これらの薬物は症状を悪化させ、 尿貯留を生じる。
  • 尿量を増加させる薬物(例えば利尿薬)の内服のタイ ミングを変える。
軽症から中等度のBPHに対しては簡潔な治療が望まれる

軽症BPH は“経過観察やライフスタイル改善、無治療”に よって管理することができる

  • 保温と定期的な運動。寒い気候と運動不足は、症状を 悪化させるかもしれない。
  • 尿漏れを防止することために、骨盤底筋運動を習得し、 実践する。骨盤底筋運動は骨盤底の筋肉を鍛え、膀胱 を支持して、括約筋の閉鎖を補助する。骨盤底筋運動 は、骨盤筋を締めたり緩めたりを繰り返し行う運動で ある。
  • 排尿訓練は、時間排尿および完全排尿が重要である。 規則的な時間における排尿を試みる。
  • 便秘の治療。
  • ストレスを減らす。神経過敏と緊張は、頻尿を悪化さ せる。

B. 内科的治療

内科的治療は、軽症から中軽度のBPH患者に対し最も頻用 され、好ましい方法です。内科的治療は加療された男性の 約3分の2において有意に主症候を軽減します。肥大した 前立腺に対する治療薬として、α‐遮断薬 と抗男性ホルモ ン(5-α-還元酵素阻害薬)の2種類があります。

重度の前立腺肥大症、尿貯留、再発性尿路感染、腎不全 は外科的治療を必要とする

  • α‐遮断薬 (タムスロシン、アルファゾシン、テラゾ シンとドキサゾシン)は、前立腺の内外で筋肉を弛緩させ、尿路の閉塞を解放し、排尿を容易にする。α‐ 遮断薬の最も頻度が高い副作用は、ふらつき、眩暈と 疲労感である。
  • 5-α-還元酵素抑制薬 (フィナステリドとデュタステリ ド)は、前立腺の容量を減少させる薬剤である。これ らの薬剤は、 尿流率を増加させ、 BPHの症状を改善する。 5-α-還元酵素阻害薬は、α‐遮断薬ほど迅速には効果 現れず (α‐遮断薬は6ヵ月以内に改善がみられる)、 主に重症な前立腺肥大の男性に使用されます。5-α-還 元酵素阻害薬の最も高頻度な副作用は、 勃起と射精 (性 交に関する興味の減少とインポテンツ)に関する問題 です。
  • 併用療法: α-遮断薬とα-還元酵素阻害薬を併用する と、 異なった作用を示し、 相乗効果を持ちます。 従って、 両薬を併用することは、 BPH (単独で薬を服用するより) 症状を有意に改善させます。 併用療法は、 前立腺肥大の 症状が高度な場合、 腫大前立腺、 または最高用量のα‐ 遮断薬でも効果が不十分な場合に推奨されます。
前立腺の手術の中で最も効果的で一般的な標準治療が TURPである

C. 外科的治療

外科療法は、以下のような患者に推奨されます: 薬物療法の効果が不十分で、中等度から重度の症状を認め る。

  • 急性尿閉。
  • 反復性尿路感染。
  • 頻回または持続的血尿。
  • BPHによる腎不全。
  • BPHの併存する膀胱結石。
  • 増加または著明な排尿後の膀胱内残尿。

外科的治療は、2 つの群、すなわち外科的療法と低侵襲治 療に分けられます。最も頻度が高いおよび標準外科療法は、 経尿道的前立腺切除術(TURP)です。現在、いくつかの、 より新しい治療が、低~中等度大の腺に対する 外科的治療 において開発されており、それらはより低侵襲、低コスト でTURPと同等の結果が期待されます。

外科的治療

一般に使われる特殊な外科処置は、経尿道的前立腺切除術 (TURP)、経尿道的前立腺切開術(TUIP)、被膜下前立腺 腺種核出術です。

TURPは無意識化でなく、脊髄麻酔で行なわれるが、短期 間の入院が必要である

1. 経尿道的前立腺切除術(TURP)

TURPは前立腺手術の最も一般的な標準治療であり、 薬物治 療より有効です。TURP は少なくとも 85%~90%の患者で尿 路通過障害を改善し、通常長期間にわたり効果は持続します。TURPは低侵襲で、泌尿器科専門医により排尿を困難に している前立腺の一部を取り出す手術です。TURPは、開腹 を必要としませんが、入院を必要とします。

術前

  • 術前 に、適応症例を確認する。
  • 喫煙は治癒回復を遅延させ、胸部と創傷感染のリスク を増加させるため、患者は禁煙を求められる。
  • 患者は、抗血小板や抗凝固薬(ワルファリン、アスピ リンやクロピドグレル)を中止するよう指示される。

手術中

  • TURPは一般に約60~90分程度がかかる。
  • TURP は、通常、脊髄麻酔で行う。感染防止に抗生剤を 使用する。
  • TURP では、前立腺を摘出するために切除用内視鏡 (resectoscope)を陰茎の先端から尿道に挿入する。
  • 切除用内視鏡は、視野確保のための光源とカメラや組 織を切除し止血する高周波電流を有し、膀胱に環流液 を流すことが可能である。
  • 術中に除去される前立腺の組織は、前立腺癌を除外す るために、組織病理学教室に送られる。
膀胱への精液の射精は TURPにおいて不妊を引き起こす最も 一般的な合併症である。(子を授かることができない)

術後

  • TURP後の入院期間は2~3日である。
  • 術後、大きめのトリプルルーメンカテーテルを、陰茎 尿道を通して)を介して膀胱に挿入する。
  • 膀胱洗浄溶液がカテーテルに取り付けられ、膀胱に約 12~24時間持続的に潅流排液を行う。
  • 膀胱洗浄により、手術により生じる血液または血塊を 除去する。
  • 尿に明らかな出血または血塊を含まなくなったら、カ テーテルを抜去する。

術後のアドバイス

早期回復のため以下はTURP後に有効です

  • 膀胱を洗浄するために、より多くの飲水を心がける。
  • 便秘と排便時の力みを回避する。力むと出血量が増加 する。便秘の場合、数日の間、緩下剤を使用する。
  • 医師の指示なく、抗血小板薬や抗凝固薬を使用しない。
  • 4-6週間は重いものの運搬や、重労働を回避する。
  • 手術後 4-6週間は性行為を避ける。
  • アルコール、カフェイン等、香辛料を含んだ食品を避 ける。
TUIPはより軽症な前立腺腫大を持つ男性やTURPが不適切な ハイリスクの患者に対し行われるTURPの代替手術である

起こりうる合併症

  • 急性期によく見られる合併症は、出血と尿路感染であ るが、一方、まれにみられる合併症は TUR 症候群と手 術自体の問題である。
  • TURP 後の合併症は、尿道狭小化、逆行性射精、失調症 とインポテンツである。
  • 膀胱への精液の射精(逆行性射精)はTURPにおいて最 も一般的であり、約70%の事例で発症する。これは性機 能や満足度に影響を及ぼさないが、不妊を引き起こす。
  • 合併症リスクを増加させる因子として、肥満、喫煙、 アルコール多飲、栄養失調症と糖尿病がある。

退院後、患者が以下を認める場合は、医師に連絡をとるべ きでしょう

  • 排尿困難、または排尿できない。
  • 薬物投与後も持続する激痛。
  • カテーテルを閉塞する大きな血塊、または血栓を伴う 出血。
  • 熱または悪寒などの感染の徴候。
MIT の利点:低リスクと入院期間短縮。懸念点:費用と 長期的な安全性

2. 経尿道的前立腺切開術(TUIP)

経尿道的前立腺切開術(TUIP)は小さな前立腺または状態 の悪い、 それゆえTURPが不適切な男性に対し行われるTURPの代替手術です。

UIP は TURP と類似の手術ですが、前立腺組織を除去する というよりは、2 つ、もしくはそれ以上の深い縦の切り傷 (切開)を前立腺に入れます。切開は尿道通路を拡張し、 尿道への圧迫を軽減し、尿流を改善します。

UIP の利点は、TURP と比較し出血が少ない、手術合併症 が少ない、入院期間が短く、回復が早いこと、そして、逆 行性射精や尿失禁が少ないことが挙げられます。

IP の限界は効果が出ない(不十分な症状の改善または、 一部の患者で時間とともに再発する)ことであり、そのた め TURP 治療を追加する必要があるかもしれません。TUIP は、増大した前立腺に対しては有効ではありません。

3. 被膜下前立腺腺腫核出術

被膜下前立腺腺腫核出術とは前立腺を切除するために開 腹下で行われる手術です。有効でかつ低侵襲的な多数の治 療法が行われるため、被膜下前立腺腺腫核出術がBPH治療 で行われることはめったにありません。

被膜下前立腺腺腫核出術は、高度に肥大した前立腺をもつ 極少数の男性や、手術の間に同時他の治療を必要とする患 者においてのみ施行されます。

前立腺ステントは内服治療の効果が乏しい時や、外科的 治療が適応外である場合に安全で有効な治療法である

低侵襲治療(MITs)

低侵襲治療は、最も(TUNA)、水誘発性温熱療法(WIT)、 前立腺ステントや経尿道的レーザー治療などです。

1. 経尿道的マイクロ波高温熱治療術(TUMT):

この手法では、マイクロ波熱を使用して、尿流を妨げてい る過剰な前立腺の組織を焼却します。

2. 経尿道的針焼灼術 (TUNA):

この手法は、高周波エネルギーを使用して、尿流を妨げて いる過剰な前立腺組織を凝固し壊死させます。

3. 水誘発性温熱療法(WIT):

この技術は、温水が過剰0な前立腺の組織に熱由来の凝固 と壊死を引き起こすものです。

4. 前立腺ステント:

この技術により、ステントは前立腺尿道の狭くなる領域に 配置されます。ステントは尿道を開放し、排尿を容易にし ます。ステントは小さなスプリングやコイルのように形づ くられる、 柔軟であり、 自動開放式チタン製ワイヤーです。

5. 経尿道的レーザー治療:

この技術において、レーザー・エネルギーは加熱により前 立腺の閉塞部分を破壊します。

BPH を有する患者は、いつ医師に連絡すべきでしょうか?

BPH を有する患者は、以下の場合には医師に連絡すべきで しょう:

  • 完全に排尿できない。
  • 排尿時の痛み灼熱感、悪臭尿、または悪寒を伴う発熱 を認めるとき。
  • 血尿。
  • 下着をぬらす尿漏れを認める排尿機能不全。